九尾狐異文③(前記)

未分類

九尾狐異文抄》

今は昔、ある帝の御代に、世に語り伝へられぬ異事ありけり。
都の内裏に、一人の女房あり。名を真々藻といふ。人の姿なれど、その在り様いとあやしく、しかれども誰一人として、その正体を疑ふ者なかりけり。御前に侍りては言葉やさしく、心静かに、帝の御心を慰め奉りければ、帝また殊のほかに近く召されけるとなん。

されど、そのほどなくして帝、重き病にかからせ給ひぬ。医師も祈祷も効なく、日を追ふて御身衰へ給へば、宮中の人々、こぞりて不安に沈みけり。
このとき、宮中お抱への呪術師あり。星を読み、式を操り、穢れを視ると世に名高かりける者なり。その者、帝に奏して申すやう、「この御病の因、入内の女にあり。人にあらず、妖の類なり」と。

かくて真々藻は妖と定められ、罪を負ふ者として内裏を追はれけり。
このあたりの事、記す書ごとに言葉異なりて、一定せず。

ある書には、呪術師みづから法を以て妖を討たんとしたれど、力及ばずして逃がしたりと記す。
また別なる書には、そもそも討伐など行はれず、ただ女を追ひ出したるのみといふ。
いづれにしても、その後、兵部卿が兵を率ゐ、神器《大蛇の杖》を携へて動いたることのみは、多くの書に共通して記されけり。

ほどなくして、都ならびに山野に怪しき騒ぎ起こる。
二面宿儺と号する鬼、世に現れ、人を脅かし、地を荒らしたりといふ。
この鬼の出づる由来についても、また異聞あり。

ある伝へには、真々藻こそ穢れを呼び寄せし張本人なりといふ。
されど、別なる異聞にはかく記される。
「真々藻は帝を害せしにあらず。むしろ、宮中に淀みし穢れを一身に引き受け、帝の身代はりとなりしなり」と。

その書によれば、かの呪術師こそ、都の実権を握らんがため、密かに穢れを集め、帝を呪殺せんと企てたりといふ。
真々藻はそれを知り、帝を救はんがため、穢れを受け、悪名を負ひ、つひには正気を失ひて鬼を生むに至った――さう記されける。

鬼は兵部卿の軍勢により討たれたり。
されど、穢れに侵された真々藻は、もはや元の心に戻ること叶はず、殺すは忍びなしとして、山中の巨石に封じられけり。
神器《大蛇の杖》をもって封を成し、その石、後の世に殺生石と呼ばるるに至る。

ここに至りて、奇妙なること起こる。
鬼討伐ののち、帝は快癒し給ひしにもかかはらず、ほどなく位を退き、仏門に入らせ給ふ。
また、あの呪術師も、何の咎を問はれることなく宮廷を去り、同じく出家したりといふ。

この二人の出家について、世は多くを語らず。
公の記録には、ただ「帝、無常を悟りて出家す」「呪術師、仏道に帰依す」とのみ記され、真々藻の名は記されず。
沈黙こそが、この出来事を覆ひ隠したりと、後の僧は記しける。

ある古寺の縁起の末尾に、かくのごとき一文あり。
「語られぬ者の名は、石に宿る。
語られし者の徳は、書に残る。
されど因果は等しく巡り、
歪められし理は、いつか形を変へて現れむ」と。

真々藻が妖なりしか、救ひ手なりしか、
鬼は呪ひの果てなりしか、身代はりの叫びなりしか、
それを定かに知る者、今はなし。

ただ、帝が即位より二年にして位を退きしこと、
呪術師がまた同じく出家したること、
そして殺生石のみが、長き時を経てなお山野に在ること、
これらを思ひ合わせるとき、
この異聞、全くの虚言とも言ひ切れぬと、さる古僧は語りけり。

これ、正史に載らぬ殺生石の縁起、
別なる異聞のひとつなりとなん伝へ聞く。