ドロテアが事故に遭ったのは、十代の終わりだった。
その日は朝からよく晴れていた。
彼女はいつものように家を出て、いつもの道を歩き、いつものように笑っていた。
昨日までと同じ一日が、明日へ続いていくはずだった。
だが、帰り道で起きた事故が、その日常を断ち切った。
激しい衝撃を受けたドロテアは、意識を取り戻さないまま治療院へ運び込まれた。
医師たちは命をつなぎ止めたものの、彼女が家族の呼びかけに答えることはなかった。
目を開くことも、言葉を発することも、指先を動かすこともない。
眠っているように見えるのに、どれだけ呼んでも目覚めない。
はじめのうち、病室には毎日のように家族や友人が訪れた。
好きだった花を飾り、街で起きた出来事を話し、いつか彼女が目を覚ましたときに寂しくないよう、
途切れることなく声をかけた。
しかし、一年が過ぎ、二年が過ぎても、容態は変わらなかった。
診察記録には「意識なし」と記され、回復の見込みは薄いと告げられた。
見舞いに訪れる者は一人ずつ減り、やがて病室に響くものは、
世話をする者の足音と窓を叩く雨音だけになった。
季節が巡り、少女だった面影が静かに大人びていく。
何年もの時間が流れても、彼女は同じ寝台の上に横たわったままだった。
その治療院へ、テオドール・カスパーという若い医師が赴任してきた。
ある夜、彼は巡回のためドロテアの病室を訪れた。
脈を取り、呼吸を確かめ、瞳孔へ灯りを向ける。
記録どおりの、変化のない診察になるはずだった。
「聞こえていますか」
答えを期待した問いではなかった。
だが、瞼を指で開き灯りを右へ動かしたとき、ドロテアの瞳がそれを追った。
反射かもしれない。テオドールはそう考え、灯りを左へ戻した。瞳もまた、遅れて左へ動いた。
翌日、彼は簡単な問いを用意した。
「聞こえているなら、視線を右へ動かしてください」
長い沈黙の後、ドロテアの瞳が右へ動いた。
偶然ではなかった。
質問を変え、順序を変え、何日も確かめた。
答えはいつも遅く、わずかなものだったが、そこには明らかな規則があった。
彼女は意識がないではない。
聞いている。考えている。答えようとしている。
ただ、その意思を身体へ伝えることができないのだ。
長い年月、誰にも気づかれないままドロテアの意識は動かない身体の内側に閉じ込められていたのだ。
テオドールは過去の診察記録をすべて読み直した。
同僚へ相談し、考えられる治療を調べた。だが、損なわれた身体を元に戻す方法は見つからない。
それでも、彼は諦めなかった。
身体を治せないのなら、何か他の方法はないだろうか。
そのとき、テオドールは亡き祖父の研究を思い出した。
祖父は生涯を機巧研究へ捧げ、人の神経が発する信号とオートマタを接続するという、当時は夢物語と笑われた技術を追い続けていた。
研究資料と試作機は、郊外の旧屋敷に残されているはずだった。
もし祖父の研究が完成に近づいていたなら。
もしドロテアの思考を受け取り、代わりに動く身体を用意できるなら。
閉ざされた彼女の世界へ、扉を作れるかもしれない。
テオドールは、わずかな可能性にすべてを懸けることを決めた。
