昼下がりの陽光がブリテインの街並みを穏やかに照らしていた。
市場の喧騒は遠く、窓の外では風が木々を揺らし、小鳥のさえずりが静かな住宅街へ溶け込んで
いる。
ロウェルは静かに自宅の扉を開き、慎重な足取りで部屋の奥へ進んだ。
腕に抱えていたのは、一体のオートマタ。
フィルを守り抜き、最後の力を使い果たしたドロテアだった。
森を抜け、ブリテインの門が見えたそのとき、彼女は安堵したように腰を下ろしたという。
「……よかった。本当に、よかった。」
そう言い残し、限界を迎えていたボディは静かに前へ倒れ込んだ。
衝撃に耐えきれず頭部が外れ、それきり動くことはなかった。
ロウェルは丸い木製のテーブルへ頭部をそっと置く。
穏やかな表情は静けさを湛えて眠っているようであった。
続いて、傷ついた装甲に包まれたボディを作業台へ横たえる。
胸部や肩には旅路で受けた深い傷が残り、それらは最後までフィルを守り続けた証でもあった。
しばらく二つの姿を見つめたあと、ロウェルは静かに椅子へ腰を下ろす。
フィルから聞いた話が脳裏によみがえる。
鳥を追いかけて迷子になったこと。
旅の途中で何度も助けられたこと。
そして最後まで自分を守ってくれたドロテアのこと。
フィルは笑顔で話していた。
「ドロテアね、ちょっと疲れちゃっただけなんだ。
少し休んだら、また一緒に歩けるよ。」
その幼い言葉に、ロウェルは何も返さなかった。
あの子には、まだ「別れ」を知るには早かったのだろう。
だからこそ、今はその想いを否定する必要はないと思った。
「……小さいくせに、無茶ばかりしおる。」
苦笑が漏れる。
「あやつらしいと言えば、それまでじゃが。」
視線は自然とドロテアへ向く。
「お前さんがおらねば、あやつは帰れなんだ。
本当に、よう守ってくれた。」
静かな感謝だけが部屋へ残る。
風がカーテンを揺らし、柔らかな陽光がドロテアの姿を照らす。
ロウェルはゆっくりと立ち上がり、作業台の傍らへ歩み寄った。
傷ついたボディへ手を添え、装甲の継ぎ目を確かめる。
続いて丸テーブルの頭部へ視線を移し、小さく息を吐いた。
「……まだ終わりではないかもしれんな。」
誰に聞かせるでもない、小さな独り言だった。
今の自分には直せない。
だが、このまま朽ちさせるつもりもなかった。
丁寧に休ませ、いつの日か来るべき時まで、この姿のまま残しておこう。
あの子は今日も、ドロテアは少し眠っているだけだと信じていた。
その想いは、幼い勘違いで終わるのかもしれない。
あるいは――。
いつの日か成長したフィルが、自らの手でこの守り手を再び立ち上がらせる日が来るのかも
しれない。
ロウェルは静かに微笑んだ。
その未来を口にすることはなかった。
希望とは、言葉で形にするものではなく、誰かへ託して残すものなのだろう。
窓から吹き込む風が二人の間を静かに通り抜ける。
柔らかな昼の光は、役目を終えて眠るオートマタを、まるで次に目覚める日を待つかのように、
いつまでも優しく照らし続けていた。
