ミスターXは、ようやく僅かに視線を上げた。
「粗悪な模倣品を扱う連中は、いずれ邪魔になる。
今回の件は……そうだな、掃除が少し早まった程度だ」
秘書は一歩だけ距離を詰める。
「では、計画は予定通り進行するという認識でよろしいでしょうか」
「当然だ」
間髪入れずに返答が落ちる。

「ハーラはまだ未完成だ、だが、だからこそ価値がある」
その声には、わずかな愉悦が滲んでいた。
「人はな、不完全なものほど欲しがる、
効能、代償、破滅――すべてが揃って初めて“完成品”だ」
暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。
「そろそろ次の段階に入るか…」
ミスターXは静かに立ち上がった。
「より純度の高いものを、より広く、より深く、選別はもう始まっている」
秘書は一礼する。
「承知しました、次の流通先については如何いたしましょう」
ミスターXは窓の方へと歩み寄る。
カーテンの隙間から、夜の街の灯りが微かに覗いていた。
「……そうだな」
わずかに口元を歪める。
「まだ気づいていない場所へ、人が多く、そして――無防備な場所がいい」
「承知しました」
再び静寂が戻る。
その部屋の外では、何も変わらぬ日常が続いている。
だが、その裏側で、確実に何かが広がり始めていた。
気づく者は、まだいない。
