【イベント】「ハーラ」(前記)

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ブリテインの外れ、人気の途絶えた路地裏。
湿った石畳の隙間には黒ずんだ水が溜まり、昼なお薄暗いその場所は異様な熱気が渦巻いていた。

人が、並んでいる。
いや、“並ばされている”と言った方が正しい。

列をなす者たちは皆、どこか壊れていた。
焦点の合わない目、乾いた唇、絶えず震える指先。
まるで何かに追い立てられるように、小さく呻き声を漏らしながら順番を待っている。

その先にあるのは、粗末な机。
そして、その上に整然と並べられた、小さなガラス瓶だった。

◆密売人
「おい、次だ。さっさと来い」

組織員の声はぞんざいで、感情が薄い。
目の前の人間を人として見ていないことが、あまりにも露骨だった。

◇男
「……くれ……頼む……もう切れてるんだ……」

呼ばれた男は、ほとんど這うようにして前へ出る。
膝は震え、立っていることすらままならない。

◇男
「頭が……割れそうで……何も……何も考えられない……」

その声には、恐怖と渇望がないまぜになっていた。
理性はすでに崩れ落ち、残っているのはただ“欲しい”という衝動だけだ。

◆密売人
「救いが欲しいんだろう?」

組織員は、机の上の小瓶をひとつ持ち上げ、光に透かす。
中で揺れる白い粉状の物体は、妙に生々しい光沢を放っていた。

◇男
「ああ……それを飲めば……眠らなくてもいい……疲れない……」

男の目が、瓶に釘付けになる。
その瞳にはもはや、自分という存在すら映っていない。

◇男
「全部、うまくいくんだ……だから……頼む……」

◆密売人
「金は?」

短い問いだった。

男は、しばし口を開閉させる。
だが、やがて力なく首を振った。

◇男
「……ない……でも……頼む……少しでいい……」

その瞬間、組織員はわずかに笑った。
それは同情でも哀れみでもなく、ただ“都合がいい”という笑みだった。

◆密売人
「なら、別の形で払えばいい」

軽い調子で、そう言う。

◇男
「別の……形……?」

男の理解は追いつかない。
だが、それでも縋るしかない。

◆密売人
「死んだ後の身体、こっちで引き取る。それで帳消しだ」

あまりにもあっさりと、命の先の扱いが決められる。

男は一瞬、目を見開いた。
しかしそれもほんの刹那――すぐに、力なく頷いた。

◇男
「……いい……どうせ……このままでも……終わる……」

諦めだった。
あるいは、もう判断する力すら残っていなかったのかもしれない。

◆密売人
「契約成立だ」

組織員は満足げに頷くと、小瓶を差し出した。

◆密売人
「特別に“強め”をやる。よく効くぞ」

男はそれを奪うように受け取り、ためらいもなく口に含む。

次の瞬間だった。

呼吸が乱れ、視界が揺らぎ、全身が痙攣する。
男は何かを言おうとしたが、言葉になる前に崩れ落ちた。
石畳に打ち付けられた身体は、ほどなく動かなくなる。

◆密売人
「……ほらな、三分も持たねえ」

組織員は冷めた目でそれを見下ろす。

◆密売人
「運べ。“素材”だ。状態も悪くねえ」

別の組織員が慣れた手つきで遺体を担ぎ上げる。
その扱いは、まるでただの荷物のようだった。

■構成員
「いい仕上がりっすね」

◆密売人
「中毒が進んでるほど質がいい。無駄がねえだろ?」

笑いが漏れる。
誰一人として、それを“死”とは認識していなかった。

◆密売人
「工場に回せ。苗床にも使える」

■構成員
「了解っす。ああいうのが一番よく育つんで」

血の気のない会話が、当たり前のように交わされる。

やがて、路地裏は再び同じ光景に戻る。
列は途切れない。
求める者は尽きない。

そして、その先にある結末もまた、変わらない。


とある事務所のその奥、簡素ながら広い一室。
粗雑な机の向こうに、一人の男が腰掛けていた。

◆ボス
「……また一つ、素材が回収できたのか」

低く、落ち着いた声だった。

■構成員
「はい。末期の中毒者で、支払い不能でしたので」

報告を受けた男――組織のボスは、ゆっくりと頷く。

◆ボス
「いい判断だ。ああいう連中はな、“消費者”であり“資源”だ」

その言葉に、迷いはない。

◆ボス
「夢を見て、壊れて、最後は次の夢の糧になる」

まるで当然の摂理を語るように、淡々と続ける。

◆ボス
「我々はただ、その流れを整えているだけだ」

部下は、黙って頷く。

◆ボス
「欲しがる者に与え、払えぬ者からは別の形で回収する。それだけの話だろう?」

倫理も、躊躇も存在しない。
そこにあるのは、完成された“構造”だけだった。

◆ボス
「……最近は特に、回転がいい」

ボスは薄く笑う。

◆ボス
「“ハーラ”の評判が広がっているからな」

疲れぬ、眠らぬ、満たされる――。
その甘い言葉に惹かれ、落ちてくる者は後を絶たない。

◆ボス
「結果として依存し、やがて壊れ、我々に還る、実に無駄がない」

椅子にもたれ、満足げに目を細める。

◆ボス
「だから言っただろう、これからは、俺たちの時代だとな」

その声には、確信があった。
止められる者などいない。
この流れを覆せる者など、存在しない。

そう信じて疑わない、傲慢な確信が。

■構成員
「……もし、邪魔をする者が現れたら?」

部下の問いに、ボスはわずかに笑った。

◆ボス
「同じことさ、流れに逆らうなら、“資源”になってもらうだけだ」

静かに告げられたその言葉は、あまりにも冷たかった。

◆ボス
「ここではすべてが価値になる、命も、狂気も、そして死でさえもな」