ダンジョンの奥、岩肌に囲まれた通路を抜けた先…
ブラッドワーム(アレク)の口から出たイクスは、思いもよらぬ光景を目にした。
そこはブラッドワーム巣と呼ぶにはあまりに整っており、石と金属で組まれた住居が静かに並び、
外界の魔物の気配はをまったく感じることがない安心できる空間だった。
少しそこで待っていてくれ
今夜は新月。
天井の裂け目から差し込む星明りのみの淡い光の中で、目の前のブラッドワームの巨体がゆっくり
と揺らぎ、形を変えていく。
鱗や棘・牙といった人間とは違う様相が消え、節のない胴が人の輪郭へと収束していく。
やがてそこに立っていたのは、異国の衣を纏った一人の青年だった。

驚かせたな
声は先ほどまでと同じだった。
低く落ち着き、指導者としての重みを帯びた声。そして自分を労るような優しい声音も感じることができる。
イクスは首を横に振った。
いいえ、先ほどのお話から、きっとこういうことなのだろうと思っていました。
アレクはわずかに目を細めた。
元の姿に戻ったことであるし、正式に我が名を告げよう。
我が名はアレクサンドリュト・ラ・リュク・セームル・ゴーンル・ラ・アヴ・カール・ドリェル・セームル・リュール・ウェグル。
星の元に生まれ、山の奥に住まう古き種族の長だ
長い名だった。
だがイクスは一言も逃さぬよう、静かに聞きとる。
これよりお前は、生贄ではなく我が妻だ。
我らの一族として、この地で共に生きる事になる。
この村の外の出る必要はないし、お前の住んでいた村に戻らせる事もしない。
それは命令ではなく、宣言だった。
拒否を許さぬ圧ではなく、イクスに生きる居場所を与える言葉だった。
イクスはしばらく俯いていた。
そしてゆっくりと顔を上げた。
わたしは今まで自分の運命を受け入れ、あなたに捧げられるまでの間
少しでも村の役に立つよう生きてきました。
それがこれまで育ててもらった恩を返ことだと思ったから…
でも、ここで生きていいと言われるのなら…
一拍置き、言葉を選ぶように続ける。
この地の事を学びます。そしてあなたの一族として、
いえ、あなたの伴侶として共に生きます。
アレクは頷いた。
それでいい。
キミを伴侶として迎える以上、ここの事は追々覚えてくれ、
そして共に支えあい、共に生きよう。
イクスは小さく息を吸った。
これまで一度も口にしたことのない呼び方を、確かめるように告げる。
これから…よろしくお願いします。
『旦那様』
その言葉に、アレクは初めて微かに笑った。
こちらこそだ、イクス
新月の夜は静かに更けていった。
生贄として流れていた時間は、そこで終わりを告げた。
そして彼女の時間は、初めて自分のものとして、動き始めた。
