――封印の後
殺生石は、静かにそこにあった。
山中の封印の地、ただ冷たい風だけが吹き抜けている。
神器《大蛇の杖》は巨大な岩《殺生石》を穿ち、深く、深く怨を封じ鎮座していた。
妖も、鬼も、穢れも――
すべてはその《殺生石》の内へと押し込められた。
◇兵部卿
「……終わった、か」
そう呟いた声に、応える者はない。
再び封印の地を訪れた兵部卿は《殺生石》を見据えたまま、しばし動かなかった。
討ったわけではない。
救ったとも、言い切れぬ。
ただ、都を守るという役目だけが果たされた。
◇兵部卿
「これより先、このことは語られるだろう、妖が主上を呪った話として。
あるいは、都を救うため討たれた怪異として……」
兵部卿は知っていた。
真々藻が、最後の瞬間まで理性を保ち、
主上の名を呼びながら封じられたことを。
だが、それは記録には残らぬ。
◇兵部卿
「人は、都合のよい物語を選ぶものだ」
――数日後。
主上の病は、快方へと向かった。
やがて政務に復帰するも、その御心は以前とは異なっていた。
◇主上
「……都は、わたしには眩しすぎる」

即位より二年。
賢帝たりえると称えられていた主上は位を退き、仏門へと入った。
人々は噂した。
妖に祟られ、心を病んだのだと。
同じ頃、
宮中お抱えの呪術師――安倍春霞もまた、
突如として官を辞した。
主上を追い出家したとも、
罰を恐れて逃れたとも言われた。
真実を知る者は、少ない。
殺生石は、語らぬ。
封じられた妖も、語らぬ。
ただ、
都の歴史に、ひとつの「九尾狐異聞(きゅうびぎつねいぶん)」だけが残った。
――妖が居た。
――主上が病に倒れた。
――兵部卿と神器によって封じられた。
それだけが、人の世に残された物語であった。
そして、
その岩の内で、
長き眠りについた魂が、
再び目覚める時が来ることを――
この時代の誰一人として、知る由もなかった。
