九尾狐異文②(前記)

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薄曇りの朝、香の煙がゆるく立ち昇る朝堂院。
春霞は兵部卿を利用し、真々藻を討ための派兵を画策する。

◇安倍春霞
――兵部卿殿、よくぞ参られた。
昨夜、主上の御容体が再び崩れられた。
我が祈祷により一命は保たれたものの、この都を覆う穢れ、未だ鎮まらず。

◇兵部卿
……穢れ、と申されますか。
春霞卿は主上の御祈祷を司る御身、何か見えざる因を御覧じられたか。

◇安倍春霞
左様。
三か月前に入内せし女、名を真々藻と申す。
彼の者、かの白面の妖にて、主上を惑わせ、都の安寧を乱した。

主上の御身を病ませた呪詛もまた、彼の妖が穢れため。
今は山に籠り、怨念を育てておろう。

◇兵部卿
(眉をひそめ)
なんと……あの入内の女が、妖であったとは……

◇安倍春霞
信じ難きことなれど、これ真実なり。
我が祈祷にて垣間見た幻夢の中、彼の妖の尾は確かに二つに裂けておった。
その穢れ、千の祟りを孕み、このまま放てば都は滅ぶ。

(静かに歩を進める)
主上は未だ、真々藻を案じられておられる。
御心はあまりにお優しく、その情が都の災いを呼ぶやもしれぬ。

ゆえに――このこと、主上のお耳には入れぬよう。
あくまで、都を護るための勅命として扱われよ。

◇兵部卿
なんと……畏まりました。
主上の御名にかけて妖を討ち、都を護ること兵部の本懐にございます。

◇安倍春霞
彼の妖は山奥に潜みて力を蓄え、このまま討つことは難しかろう。
討つ術なき
ならば「封ずる」ことが肝要。
封ずる場は用意した、あとは神器をもって封じればよい。

(強大な力を感じる杖を取り出し、兵部卿へ差し出す)

真々藻を封印の場追い込み、この「大蛇の杖」楔として封ずる。
それで妖は力を失い、主上と都は安寧となろう。

◇兵部卿
心得ました。

安倍春霞
(目を細め)
情をかければ、穢れは再び蘇る。
人を惑わす笑みを、決して信ずることなかれ。

――主上と都の命運は、そなたらに懸かっておる。
この春霞、祈祷の場にて見届けよう。

◇兵部卿
ははっ。
兵部、ただいまより冒険者の参加を募り討伐の支度に入ります。


■兵部省・大広間

宵の刻、兵部省の大広間に篝火が灯る。

◇兵部卿
――此度の件、勅命なり。
主上の御身を蝕みし妖、名を真々藻と申す。
安倍春霞殿の奏上によれば、今は東の山中に潜み、怨を育てておるとの由。

主上都を守るは兵の務め。
これを放置すれば、再び穢れは都に満ち、民草の命も危うくなろう。

◇武官・壱
兵部卿、恐れながら申し上げます。
その真々藻という女、主上の后となられたと聞き及びますが……
もしや、何かの誤伝では?

◇兵部卿
誤伝ではない。
主上の御心を惑わしたる妖、人の形を借りて后の位に上ったという。
春霞殿よりの報せに、疑いの余地はない。

◇武官・弐
されど、妖とは申せ、もとは人の姿。
討伐にあたっては、兵の心に迷いが生じましょう。

◇兵部卿
迷いは穢れを呼ぶ。
ゆえにこそ、春霞殿は神器を賜わされた。
討つにあらず、封ずるが肝要とのお達しだ。


討伐の件は、我がこれより冒険の徒を募る。
ゆえに、そなたらは軍勢を動かすな。
城門を閉し、街道を繋ぎ、主上の御座します御所の守り、ひと筋の隙も与えるな。

◇武官たち
ははっ――

(鎧の音を立て、一斉に拝し退出)

◇兵部卿
……春霞殿は、主上の信を受けし方。
そのお言葉に偽りはなかろう。
されど、后を討つというこの命、何ゆえか、胸の底に刺が残る……。

――いかなる真か偽か。
討伐軍が動き出せば、もはや後戻りは叶わぬ。