九尾狐異文(後記)

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【春霞】
 恐れながら申し上げます。
 主上の御身を蝕んでおりました穢れ、その根をようやく突き止めました。

【主上】
 ……申してみよ。

【春霞】
 先に入内された真々藻殿――
 あの方こそ、穢れの源にございます。
 その身、人にあらず。
 妖の血を引く者にて、都の怨を引き寄せ、御身を覆うもの。
 我が祈祷により、その証を明らかにいたしました。

【主上】
 真々藻が……。

【春霞】
 まことに。
 その姿は優しくとも、根は妖なればこそ、
 都の穢れに呼応し、主上を病ませ申したのです。
 この春霞、命を削り祈祷を重ね、ようやくその流れを断ち切りました。
 すべては、主上の安らぎのためにございます。

【主上】
 そうか。
 長く祈りを捧げてくれたそなたの労、感謝する。
 ……されど、真々藻がそのような者であったとは、いまだ信じ難い。
 あの者は、風に散る花を惜しみ、露をすくような手で、
 人の心をいたわる女であった。

【春霞】
 御心の優しさゆえに、惑わされたのです。
 妖は人の情を真似、心を紡ぐふりをいたします。
 主上の御徳が深きゆえ、あの者も近づけたのでございましょう。

【主上】
 ……そなたの言葉、理にかなう。
 だが、心は理では縛れぬものだ。
 真々藻が妖であったとしても、その想いまでが偽りであったとは、
 どうしても思えぬ。

【春霞】
 真々藻はすでに都を去り、行方知れず。
 もはや追うべきではございません。
 穢れを断ち切るには、忘却こそが最も清らかにございます。

【主上】
 ……忘れることが、清らかか。
 人を想う心まで、穢れと呼ぶのか。
 そなたの申す理は正しきゆえに、胸に刺さる。
 ……春霞よ、祈祷を続けてくれ。
 我はただ、静かに思いたいのだ。
 真々藻がいずこにあろうとも、
 あの瞳がいまも春を映しておることを。

【春霞】
 御意にございます。
 主上の御心のままに――。

(春霞、深く頭を垂れ、静かに退く)

【主上】(独白)
 ……真々藻。
 あの日、春の光の中で微笑んだそなたを、
 我は未だ、忘れられぬ。
 もしそなたが妖であったとしても、
 その温もりまでは、嘘ではなかった……。